担保を増やし続けるのが金融の安定につながるか

市場変動が激しくなってきたので、当初証拠金を増やそうという動きがあちこちで見られる。CCPから始まり、各銀行でも証拠金を増やすところが多くなっていることだろう。過去の市場変動をベースにマージンを決めるのが一般的なので、一たび大きな市場変動が起きるとマージンが自動的に上がっていく。銀行のストレステストもこれまでは100bpくらいの金利変動を想定していたところが、これを200bpに上げるといったことが起きている。

清算集中規制がある商品の場合は無理だが、義務がない商品については、CCPではなく担保条件の緩い相対取引に移行するところも増えてきている。あるいは担保コストが大きくなり過ぎたのでヘッジそのものを減らすことを検討しているところすらある。

11/16にSECのゲンスラー氏もレポのヘアカットが低すぎるという指摘があった。特にヘッジファンド向けに、銀行が十分な担保なしにファナンスを提供しているのは、システミックリスクを招くという主張だ。確かに誰が決めたか米国債レポのヘアカットは常に2%が標準だった。ヘアカットは通常2週間の99%VaRなどを基準に決めるので、昨今の市場変動を考えると2%では不十分だろう。しかし、このままマージンを増やし続けると、例えばオンザラン、オフザランのような細かな裁定取引が不可能になり、マーケットの歪みが残ったままになってしまう。

日銀の適格担保要領をみると、現状10年国債は3%、30年は6%なので、少しはましになっているが、米国債に比べたボラティリティからすると似たようなものかもしれない。

当局やリスク管理者としては、当然マージンは大きければ大きいほど良いのだが、若干行き過ぎになっているような気もする。しかも一度戦争等によって市場変動が激しくなれば、それが基準となってマージンが長期間にわたって上昇してしまう。

例えば金利が乱高下したGBPスワップについては、特に固定受けについてマージンが65%増加したとClarusの分析にある。LCHが過去の市場変動のうち、トップ6の動きを考慮してマージンを決めるのでこのようなことが起きる。しかも今回は金利が急上昇した日が多かったことから、固定受けの金利スワップの方がマージンが増えている。つまり固定受け金利スワップのコストが固定払いをより上がっているということだ。

このようにある特殊なマーケット変動が起きるたびにマージンモデルが不規則な動きを見せることが本当に市場の安定につながるかはよくわからない。金利が200bp動いたらどうするんだというリスク管理者の意見によって、取引を絞ったり、マージンを極度に上げることが市場の安定化につながるのだろうか。

幸い日本円金利については、日銀のおかげで金利変動が少なく、日本円についてのみマージンが少ないという状況になっている。誰も指摘しないが、日本円金利スワップのヘッジコスト低下に、YCCが大きく貢献している。CCARなどのストレステスト上も当然日本円金利のシナリオは、他通貨に比べてかなりマイルドである。安定を求める日本の文化がここではプラスに働いている。

おそらく担保資金決済のデジタル化、短期化、Multilateral Nettingなどによって、マージンを減らす努力をしていかないと、様々なところで歪みが出てくるだろう。

ターム物RFRへのシフトにストップがかかっている

トヨタのオートローン証券化がデリバティブ業界で大きな話題になっている。もともとARRCのベストプラクティスでは、ターム物SOFRの利用は、ターム物を参照する資産をヘッジするときにのみ限定的に使われるべきとの立場を崩していない。そして、オートローンが固定金利なのになぜTerm SOFRを使うのかという疑問が呈された。

業界では、SOFRの流動性が格段に上がってきたことから、そろそろターム物の利用を拡げても良いのではないかという期待があったのだと思われる。ARRCからも、正式にTerm SOFRを認めるというアナウンスが昨年夏にあったため、市場参加者の間でも油断があったのかもしれない。ARRCの11月9日の議事録によると「The ARRC expressed concern about some recent trends, such as securitizations using Term SOFR when they did not have underlying Term SOFR assets.」と結構強めに書かれている。今回ターム物を巡る業界のの期待が完全に覆されたので、しばらくは、トヨタのケースのようなTerm物の利用は控えられることになると思われる。早速別の会社がABSの証券化でターム物の利用を断念している。

ローンのフォールバックがターム物だったことから、日本ではターム物に対するアレルギーは少なく、TORF参照の仕組債なども少しずつ取引されているようだが、米国ではTerm SOFRを大々的に使うのはまだ難しいようだ。流動性が米国に遠く及ぼないが、ターム物の利用を推奨するコメントが出る日本とは大きく状況が異なる。

当初は、LIBORのような前決め金利にあまりにも慣れていたため、前決めのタームRFRを使いたいというニーズが高かったのだが、実際にやってみると、特に海外では後決めでも何とかなるということが明らかになっている。

日本でも支払いを若干遅らせれば後決めでも何とかなるのではないかという気もする。いずれにしても、日本については、流動性がない中金利指標が多く、ベーシスリスクも多い。TONA、TIBOR(しかも統合するまではDとZ)、TORF、TONA先物といった金利指標の他、JSCC金利とLCH金利、TIBOR6/3といったベーシスリスクがある。ニーズがあれば何とかそれにカスタマイズして応えようという日本文化の象徴なのだろうか。

市場への影響を無視した政策は破綻する

FRTBについてはその実施時期についても足並みをそろえるよう業界から要望が出されているが、内容についても若干の違いがあり、それが不公平感を招いている。いつものことではあるが、規制の国際協調は難しいのだろうか。かなり現場に影響が出るので本来であれば、スポーツのルールのように共通の基準があるのが望ましい。

昨今のマーケット変動によって、各行のCVA損失が大きくなっている。同時に銀行のCDSや社債スプレッドも変動しているのでFVAのインパクトも大きい。その意味ではFRTBによってマーケットヘッジがRWA削減につながるようになることは非常に望ましいことである。したがって、SA-CVAを目指している銀行にとっては、ダイナミックにマーケットリスクをヘッジしていくXVAトレーダーが必要となる。

欧州でもCVAのマーケットヘッジに対してはRWA削減効果を認めているが、米国やカナダのようにFVAのヘッジに対してはこれが認められておらず、ヘッジをするとそれが単なるUnhedged Positionとして市場リスク資本が賦課される。つまり資本規制上は何もヘッジしない方が良いということになる。DVAを当期純利益から外してOCI(その他の包括的利益)に移すところも多くなってきたことから、負債サイドのヘッジは必要ないという議論もあるだろうが、FVAの場合は収益変動容易になるのである程度ヘッジしているところが多いのではないか。

やはりこうなると、FVAもBelow the lineに落としてヘッジしないという方向になるのだろうか。しかし、会計によって実際のヘッジ行動が大きく変わってマーケットインパクトが大きくなるので、会計はつくづく重要だ。

先月も台湾の生保が資産と負債のミスマッチによって規制で定めた最低比率を満たせなくなり、当局が会計計上手法の変更を認めた。これによって資産サイドの評価額が上がったためヘッジフローが市場で増えた。経済的なリスクは変わらないのに、会計計上の仕方によってヘッジの需要が生まれる典型例である。

どうもあまりこうした変更が市場の影響を考えることなく行われているのが気になる。突き詰めれば英国トラス政権の財政刺激策も市場への影響を見誤ったため起きたことだと思う。国際紛争が起きる時は、ロシアのケースのように天然ガス価格に対するインパクトも考えなければならない。車のEVシフトが進む中、LMEのニッケル価格動向がどうなるかも重要である。これをヘッジしようにもマージンコールに対する現金を準備しておかなければならない。そういう意味では会計や政治の世界でも、マーケット感覚が重要になってきているように思う。