UK LDIショックが与えた影響

トラス首相を45日で退陣に追い込んだ市場変動が、カウンターパーティーリスク管理に影を落としている。英国債であるGiltが3日間で1.5%上昇し、多くのマージンコールで問題が生じた。これを機に、各銀行ではストレステストの変動幅を広げているのではないかと推測される。そして、海外では英国の次は日本だという意見が支配的となっている。日本にいる身としてはばかげた話のように思えるが、グローバルヘッジファンドや銀行トップが本気で気にしているようなので、日本のリスク管理者は説明に追われていることだろう。

2000年以降30年のUK Giltの一週間の最大変動幅は、下方向が50bp、上方向が65bp程度だった。これが一気に95bp、140bpに広がった。どんなに激しいストレステストでも100bpは想定していなかったのだが、これが一気に起きてしまったため、200bp以上のストレスをかけるようになったところが多いものと推測される。そうすると日本も100bpの金利上昇に備えるべきということになるのだろうか。

英国ではLDI問題が発生し、日本でも同じことが起きないかという疑問が出てくるのも不思議ではない。LDIはLiability Driven Investmentの略で債務連動型運用などと訳される。各基金ごとに将来の年金支払額の見込みを作り、それに運用収入が見合うように債券やデリバティブによって運用し、インフレや金利変動に備える。将来の支払いを約束している確定給付型の年金基金で用いられることが多い。

英国ではLBIMやBlackrockといったアセットマネージャーが保険会社や年金基金のために運用を行うことが多い。デリバティブを行う際は、ファンドがカウンターパーティーとなるが、アセマネがOrder Placerとして運用指図を行う。銀行の請求権は責任財産限定のような形でファンドの資産に限定され、裏の保険会社やアセマネ等には請求ができない形を取ることが多い。

今回のマージンコールで問題となったのは、LDIが通常レバレッジを掛けているからである。例えばファンドの資産が100億円のばあいに、300億円の負債をもつような場合は3倍レバレッジとなる。概ね3倍のレバレッジで、最大5倍などと決められているケースが多いものと思われる。例えば2倍レバレッジをかけていたときに、金利が上昇して担保である英国債の価格が半分になってしまい、デリバティブ取引でも元本の半額の損失が発生すると破綻する。

デリバティブ取引で損失が出るとその分のマージンコールがかかるが、レバレッジをかけていなければ、ファンドの資産から担保を出すことができる。ただし、十分な現金を持っていない場合は英国債を売却して資金を捻出する必要があり、これが更に英国債の混乱を加速させる。こうしたことから、デリバティブ取引のCSAの適格担保に英国債を含めてほしいという依頼が相次いだと報道されていた。現金のみのCSAに国債を加えると、プライシングが変わってしまうため、多くの交渉においては、短期間だけの時限措置としていたところが多いのではないかと思われる。その他レポ契約を締結して英国債を現金に変換して担保を拠出するという方法もある。

LDIショックの前までは各ファンドともマージンコールに備えて現金をバッファとして持っていたはずだが、さすがに150bpもの金利上昇に備えていたところは少なかったと思われる。一度このようなことが起きてしまった以上、現金のバッファを積み増すか、レバレッジを下げる必要性が生じてしまっているものと思われる。これは、ひいては年金基金のリターンに影響する。やはり急激なマーケット変動は百害あって一利なしだ。これが日本の当局が急激な市場変動に対して介入する最大の理由ではないだろうか。

為替介入は無意味という意見がネット上では踊っているが、当局サイドは為替水準を円高に持っていくとは言っておらず、単に投機的な動きを封じ込めているだけである。いつ何時介入が入るかわからない現状においては、トレーダーも大きな円売りポジションを持つことが難しいと思われるので、今回の介入には意外と効果があるのではないか。金利の動きにしても急速に動いた時に何か手を打っているように見える。一たび大きな市場変動が起きると各銀行のVaRモデルやストレステストが一気に更新されるので、全体としてコスト高になってしまう。したがって、実は日本はこの辺りの制御が非常にうまくいっているように思える。