価格は統制できるのか

欧州の天然ガス価格の乱高下により巨額のマージンコールが多発し、新規取引も困難となっているが、これを受けて、欧州委員会ではあらゆる策を講じようと日々議論が続けられている。

欧州天然ガスのメインの指標はTTFだが、この価格の動きに前月対比で上限を設けようというのが主な案だ。上限や期間は当局が状況に応じて変更できるようになっているようだが、当然現場からは反対意見が多い。一日だけ上限を設けて次の日にそれを解除する方法だと変動が激しいので、一旦発動したら2週間程度はその上限が適用されるという案のようだ。

それ以外にもTTF以外の新指標を作成しようという案も出ている。こちらもある程度価格統制のされた指標のようだ。

いずれにしてもあまりのマージンに耐えかねて多くの市場参加者が取引所取引から相対のOTC取引に移っているのが問題だ。欧州エネルギー取引所の担当者からもこの点が最大の懸念として挙げられている。市場変動が激しいのだからマージンを上げるべきというのも当然なのだが、それが限度を超えるとマージンのない取引に移っていくというのも自然な流れである。

たとえばドル円の場合は150円までの円安が進行し、かなりの変動があったが、介入によってそれ以上の変動が抑えられた。これもある意味一つの価格統制なのだろうが、今のところ効果があったように見える。日銀の利益も相当額に上っていることだろう。当然複数の国がからむので調整は難しいが、欧州ガス価格も、ガス代補助を出すのと、介入によって価格を抑えるのとどちらが良いのかという検討をしても良いかもしれない。

レバレッジ比率規制がついに見直し?

確定情報ではないものの、SLR規制緩和の話が市場で聞かれ始めている。米国のSLRは基本的に5%を満たさなければならないが、これをバーぜると同じ3%にG-SIBサーチャージの半分を足したものになるという話だ。こうなるとG-SIBサーチャージの重要性がさらに増すことになる。

G-SIBスコアの大きいJPMなどはこの変更の恩恵を受けず最低基準が5%のままとなる見込みだ。そしてCitiが4.75%、GSとMSが4.5%、BoAが4.25%と続く。WellsとBNYは3.75%、State Street は3.5%にまで下がる。現状5%を超えている中でこの変更があれば、そこその影響があるように思う。

そもそもレバレッジ比率規制は、金融危機後に追加された規制の中でもっとも問題の大きいものだったと思う。ここでも何度も述べたが、単なるバックストップとしてなら意味があるのだろうが、これが最大の制約となってしまったため、国債すら保有することをためらうようになり、国債のレポ取引にも制限がかかった。年限の違う国債の裁定取引も難しくなり、マーケットの歪みが放置されるようになり、国債の流動性にも影響が及んだ。日本では、通貨スワップのレバレッジエクスポージャーが大きいため、通貨ベーシスにも影響が及んだ。特に国債を担保に入れいてる取引先の場合は、担保とデリバティブ取引のエクスポージャーがSLRの計算上相殺できなかったため、日本でも大きな問題となった。

当初から問題を指摘する声は多かったが、規制緩和という主張をするとマスコミから、銀行の圧力に屈したという報道がなされ、いつも振出しに戻ってしまっていた。今回はあまりそういった声は聞かれないので、ようやくまともな見直しの議論ができる機運が高まっているように思う。

今回報道された変更だと、G-SIBサーチャージが重要となるため、ますますこの削減努力に拍車がかかることになるものと思われる。最近では日本や中国の銀行が軒並みG-SIBスコアを上げてきているが、日本の金融機関も海外勢並みにスコアの削減努力をした方が良いように思う。

ESGを巡る混乱

一時期は環境に優しいと言うだけで注目を集めたが、当局のグリーンウォッシュに対する懸念から規制が強化され、今は金融機関ではESGというだけで腫れもの扱いになっている。特に昨年施行された欧州のSFDR(Sustainable Finance Disclosure Regulation)はかなり厳格な基準になっている。ここでArticle8に分類されるのかArticle9なのかによってもかなり異なっている。しかもこの基準達成にはデリバティブのエクスポージャーが考慮されていない。これがESG関連のデリバティブ取引の妨げになっている。

そもそも投資家を欺くような過度のDisclosureをするところがあったのが問題だったのだが、これを過度に取り締まろうとするため、ESG関連商品を設計しようというインセンティブが特に金融機関サイドになくなりつつあるような気がする。逆にGreenと名の付くものは懇プライアインスプロセスがあまりにも厳しく、規制要件を満たすコストも高いことから、逆にESGと名の付くものを避けようという機運すらあるようだ。実際ESGと謳ったといっても、一時期のように投資家が飛びつくことも少なくなっており、後からグリーンウォッシュ懸念などが持ち上がると、今度はリスクしかない。

世間一般ではどういう雰囲気なのかはわからないが、少なくとも金融業界においては、若干極端な意見ではあるものの、ESGというとビットコインと同じような手を出していけない危険なものという人が多くなってきているように思う。

担保を増やし続けるのが金融の安定につながるか

市場変動が激しくなってきたので、当初証拠金を増やそうという動きがあちこちで見られる。CCPから始まり、各銀行でも証拠金を増やすところが多くなっていることだろう。過去の市場変動をベースにマージンを決めるのが一般的なので、一たび大きな市場変動が起きるとマージンが自動的に上がっていく。銀行のストレステストもこれまでは100bpくらいの金利変動を想定していたところが、これを200bpに上げるといったことが起きている。

清算集中規制がある商品の場合は無理だが、義務がない商品については、CCPではなく担保条件の緩い相対取引に移行するところも増えてきている。あるいは担保コストが大きくなり過ぎたのでヘッジそのものを減らすことを検討しているところすらある。

11/16にSECのゲンスラー氏もレポのヘアカットが低すぎるという指摘があった。特にヘッジファンド向けに、銀行が十分な担保なしにファナンスを提供しているのは、システミックリスクを招くという主張だ。確かに誰が決めたか米国債レポのヘアカットは常に2%が標準だった。ヘアカットは通常2週間の99%VaRなどを基準に決めるので、昨今の市場変動を考えると2%では不十分だろう。しかし、このままマージンを増やし続けると、例えばオンザラン、オフザランのような細かな裁定取引が不可能になり、マーケットの歪みが残ったままになってしまう。

日銀の適格担保要領をみると、現状10年国債は3%、30年は6%なので、少しはましになっているが、米国債に比べたボラティリティからすると似たようなものかもしれない。

当局やリスク管理者としては、当然マージンは大きければ大きいほど良いのだが、若干行き過ぎになっているような気もする。しかも一度戦争等によって市場変動が激しくなれば、それが基準となってマージンが長期間にわたって上昇してしまう。

例えば金利が乱高下したGBPスワップについては、特に固定受けについてマージンが65%増加したとClarusの分析にある。LCHが過去の市場変動のうち、トップ6の動きを考慮してマージンを決めるのでこのようなことが起きる。しかも今回は金利が急上昇した日が多かったことから、固定受けの金利スワップの方がマージンが増えている。つまり固定受け金利スワップのコストが固定払いをより上がっているということだ。

このようにある特殊なマーケット変動が起きるたびにマージンモデルが不規則な動きを見せることが本当に市場の安定につながるかはよくわからない。金利が200bp動いたらどうするんだというリスク管理者の意見によって、取引を絞ったり、マージンを極度に上げることが市場の安定化につながるのだろうか。

幸い日本円金利については、日銀のおかげで金利変動が少なく、日本円についてのみマージンが少ないという状況になっている。誰も指摘しないが、日本円金利スワップのヘッジコスト低下に、YCCが大きく貢献している。CCARなどのストレステスト上も当然日本円金利のシナリオは、他通貨に比べてかなりマイルドである。安定を求める日本の文化がここではプラスに働いている。

おそらく担保資金決済のデジタル化、短期化、Multilateral Nettingなどによって、マージンを減らす努力をしていかないと、様々なところで歪みが出てくるだろう。

ターム物RFRへのシフトにストップがかかっている

トヨタのオートローン証券化がデリバティブ業界で大きな話題になっている。もともとARRCのベストプラクティスでは、ターム物SOFRの利用は、ターム物を参照する資産をヘッジするときにのみ限定的に使われるべきとの立場を崩していない。そして、オートローンが固定金利なのになぜTerm SOFRを使うのかという疑問が呈された。

業界では、SOFRの流動性が格段に上がってきたことから、そろそろターム物の利用を拡げても良いのではないかという期待があったのだと思われる。ARRCからも、正式にTerm SOFRを認めるというアナウンスが昨年夏にあったため、市場参加者の間でも油断があったのかもしれない。ARRCの11月9日の議事録によると「The ARRC expressed concern about some recent trends, such as securitizations using Term SOFR when they did not have underlying Term SOFR assets.」と結構強めに書かれている。今回ターム物を巡る業界のの期待が完全に覆されたので、しばらくは、トヨタのケースのようなTerm物の利用は控えられることになると思われる。早速別の会社がABSの証券化でターム物の利用を断念している。

ローンのフォールバックがターム物だったことから、日本ではターム物に対するアレルギーは少なく、TORF参照の仕組債なども少しずつ取引されているようだが、米国ではTerm SOFRを大々的に使うのはまだ難しいようだ。流動性が米国に遠く及ぼないが、ターム物の利用を推奨するコメントが出る日本とは大きく状況が異なる。

当初は、LIBORのような前決め金利にあまりにも慣れていたため、前決めのタームRFRを使いたいというニーズが高かったのだが、実際にやってみると、特に海外では後決めでも何とかなるということが明らかになっている。

日本でも支払いを若干遅らせれば後決めでも何とかなるのではないかという気もする。いずれにしても、日本については、流動性がない中金利指標が多く、ベーシスリスクも多い。TONA、TIBOR(しかも統合するまではDとZ)、TORF、TONA先物といった金利指標の他、JSCC金利とLCH金利、TIBOR6/3といったベーシスリスクがある。ニーズがあれば何とかそれにカスタマイズして応えようという日本文化の象徴なのだろうか。

市場への影響を無視した政策は破綻する

FRTBについてはその実施時期についても足並みをそろえるよう業界から要望が出されているが、内容についても若干の違いがあり、それが不公平感を招いている。いつものことではあるが、規制の国際協調は難しいのだろうか。かなり現場に影響が出るので本来であれば、スポーツのルールのように共通の基準があるのが望ましい。

昨今のマーケット変動によって、各行のCVA損失が大きくなっている。同時に銀行のCDSや社債スプレッドも変動しているのでFVAのインパクトも大きい。その意味ではFRTBによってマーケットヘッジがRWA削減につながるようになることは非常に望ましいことである。したがって、SA-CVAを目指している銀行にとっては、ダイナミックにマーケットリスクをヘッジしていくXVAトレーダーが必要となる。

欧州でもCVAのマーケットヘッジに対してはRWA削減効果を認めているが、米国やカナダのようにFVAのヘッジに対してはこれが認められておらず、ヘッジをするとそれが単なるUnhedged Positionとして市場リスク資本が賦課される。つまり資本規制上は何もヘッジしない方が良いということになる。DVAを当期純利益から外してOCI(その他の包括的利益)に移すところも多くなってきたことから、負債サイドのヘッジは必要ないという議論もあるだろうが、FVAの場合は収益変動容易になるのである程度ヘッジしているところが多いのではないか。

やはりこうなると、FVAもBelow the lineに落としてヘッジしないという方向になるのだろうか。しかし、会計によって実際のヘッジ行動が大きく変わってマーケットインパクトが大きくなるので、会計はつくづく重要だ。

先月も台湾の生保が資産と負債のミスマッチによって規制で定めた最低比率を満たせなくなり、当局が会計計上手法の変更を認めた。これによって資産サイドの評価額が上がったためヘッジフローが市場で増えた。経済的なリスクは変わらないのに、会計計上の仕方によってヘッジの需要が生まれる典型例である。

どうもあまりこうした変更が市場の影響を考えることなく行われているのが気になる。突き詰めれば英国トラス政権の財政刺激策も市場への影響を見誤ったため起きたことだと思う。国際紛争が起きる時は、ロシアのケースのように天然ガス価格に対するインパクトも考えなければならない。車のEVシフトが進む中、LMEのニッケル価格動向がどうなるかも重要である。これをヘッジしようにもマージンコールに対する現金を準備しておかなければならない。そういう意味では会計や政治の世界でも、マーケット感覚が重要になってきているように思う。

コモディティはCCPで取引すべきか?

EU当局がエネルギー関連商品の集中清算についてペーパーを出している。ロシアのウクライナ侵攻に際してコモディティ価格が急騰したことにより、巨額のマージンコールがかかり市場の安定性が危険にさらされたことが契機となって、様々な議論が行われている。

エネルギー関連会社のマージンを別管理したり、エネルギー商品の清算基金を分別したり、エネルギー関連会社が直接CCPに参加することを制限したりといったアイデアが出ている。

ドラスティックな意見とは承知しているが、ここまでくると個人的には、コモディティ取引はCCPで清算すべきではないように思う。LMEのニッケルや、オランダTTFなど、誰もが予想しなかった市場の急騰に備えてマージンを確保するのは不可能である。CCPとしては、当初証拠金モデルを変更してより保守的な当初証拠金(IM)にしたいだろうが、あまりにIMの負担が増えてくると、そもそもヘッジをすべきかどうかという問題になる。そこまでの負担があるのなら、ヘッジしなくても同じ、またはヘッジ量を減らした方が経済合理性があるという議論だ。またCCPで取引せずに相対で取引すればよいということになる。

エネルギー関連会社を直接参加者から外して、銀行経由にするというアイデアについては、おそらく銀行が合意しないだろう。そこまでのリスクを取って顧客にクリアリングビジネスを提供するインセンティブは、昨今の規制強化によってなくなりつつある。銀行内部のリスク管理上もCCPに対するリスクについては注視しなければならなくなっている。別途EUでは銀行の資本強化のニュースも出ているが、リスクを抱える上に資本コストが上がっているので、普通に考えれば、クライアントクリアリングサービスからは撤退した方が良い。

全ての商品をCCPで清算して、カウンターパーティーリスクを完全に無くすのは無理なのではないかと思う。金利スワップ、レポ取引などクリアリングが馴染むビジネスもあるが、コモディティは非常に難しいというのが個人的な感想だ。ではどうすればよいかというと、昨日書いた米国債クリアリングの記事と同じように、決済や、取引のブッキング、時価評価などはクリアリングと同じように行い、債務負担だけはしないという方法だ。CCPが債務を保証しないので、マージンは当事者同士で決める。大手の参加者はSIMMを使っておけばよい。マージンが足りなければ損失を被るが、CCPの清算基金が使われるわけではなく、CCP破綻もあり得ない。

金利スワップやCDSにおいてはリーマンのような巨大金融機関破綻時のシステミックリスクを避けるためにCCPが重要な役割を果たしているが、コモディティについては、巨大銀行が原因で市場が混乱する可能性は低く、エネルギー関連会社の破綻に止まるはずだ。これを金融業界全体で支えようという考え方自体に無理があるように思う。現に高いマージンを避けるために、CCPから取引を銀行との相対取引に移す動きがみられている。マージンのコストが高くなりすぎたり、エネルギー関連会社を直接参加者から排除すれば、この動きが加速するだけだと思う。かといって金利スワップのように清算集中義務をかけるのも現実的ではない。

基本的には集中清算支持派だったが、最近の混乱をみると、何でもかんでもクリアリングというのは正しい方向性ではないように思うようになってきた。ただし、こんな意見はほとんど聞かれないので、当局サイドとしてはあくまでもクリアリングの頑健性を高めようという方向に動くのだろう。そしてほとんどのエネルギー関連会社がCCPを使わなくなった時に初めて、このような議論が盛り上がることになるのかもしれない。

米国債取引のクリアリングに意味はあるか

米国債を中央清算機関経由で行うというプランが出され、議論が巻き起こっている。このブログでも何度か書いてきた通り、コロナ前とコロナの最中に米国債マーケットが混乱した。SLRなどの規制により銀行のリスクテイク能力が低下し、市場機能が混乱したためだ。これを防ぐためにコロナショックの最中に米国債をSLRの計算から外すという一時的免除が行われたが、これはあくまでも一時的なもので延長はされていない。

一時的免除が切れた際には、クリアリングを含めた米国債マーケットの市場改革が行われることが同時にアナウンスされたが、ようやくそれが形になって表に出てきている。確かにクリアリングをすればSLRによる足かせがなくなるが、今度はマージンやクリアリングフィーなどの追加コストがかかる。金利スワップの場合は、カウンターパーティーリスク削減効果と規制資本削減効果がコストを上回ったが、そもそもカウンターパーティーリスクのない米国債のキャッシュ取引に対してそれほどのメリットがあるかどうかが焦点になっている。

同じく米国債でも、レポ取引の場合はカウンターパーティーリスク削減が可能になるため、ネッティング効果も相まってメリットがあるだろうが、現物取引のクリアリングには反対意見も多く聞かれる。来週NY Fedがこの件に関してカンファレンスを行うが、議論の行方が注目される。

そもそもなぜクリアリングが望ましいのかおさらいすると、ある銀行が、Aさんに国債を100億円売ってBさんから100億円買うと、それぞれ100億円の金銭の支払いが発生する。これをクリアリングすると、双方が対CCPとの取引になるので、資金移動が発生しない。CCPがBさんから受け取った国債をAさんに渡し、その対価として資金をやり取りすれば良い。銀行としてはAさんのリスクもBさんのリスクも負わない形になる。

スワップやレポでは、このカウンターパーティーリスクが消えるという点が非常に重要であった。しかし、国債の売買の場合はカウンターパーティーリスクがほぼ発生しないので、債務負担をせずにCCPが単にオペレーションだけを行えばよいのではないだろうか。ネッティング効果は得られるし、オペレーショナルリスクも減る。決済を保証するわけではないので、かかるコストも少なくなる。とういことで個人的には、レポやCCPによる債務負担、国債の現物は仲介だけを行い債務負担はしないというのが最も望ましいスキームのように思える。LCHのSwapAgentを米国債に適用するようなイメージだ。

当然決済リスクを減らすための方策は必要だが、同時決済等の仕組みを使えば何らかの手当が可能なのではないだろうか。SLR上の削減にはつながらないが、フルのクリアリングを行うと、SLR削減の効果を上回るコストが発生してしまうように思う。

NY FEDの分析では、CCPを通じて決済すれば2020年3月の市場混乱期にグロスの決済額が60%削減できていただろうと報告している。確かに市場参加者全員がCCPを使えばこれが可能になるのだろうが、コスト増を嫌う参加者も多いことから、清算集中義務でも課さない限りはここまでの削減は難しいと思う。であれば、債務負担なしの仲介でも同じ削減ができるのではないだろうか。

UK LDIショックが与えた影響

トラス首相を45日で退陣に追い込んだ市場変動が、カウンターパーティーリスク管理に影を落としている。英国債であるGiltが3日間で1.5%上昇し、多くのマージンコールで問題が生じた。これを機に、各銀行ではストレステストの変動幅を広げているのではないかと推測される。そして、海外では英国の次は日本だという意見が支配的となっている。日本にいる身としてはばかげた話のように思えるが、グローバルヘッジファンドや銀行トップが本気で気にしているようなので、日本のリスク管理者は説明に追われていることだろう。

2000年以降30年のUK Giltの一週間の最大変動幅は、下方向が50bp、上方向が65bp程度だった。これが一気に95bp、140bpに広がった。どんなに激しいストレステストでも100bpは想定していなかったのだが、これが一気に起きてしまったため、200bp以上のストレスをかけるようになったところが多いものと推測される。そうすると日本も100bpの金利上昇に備えるべきということになるのだろうか。

英国ではLDI問題が発生し、日本でも同じことが起きないかという疑問が出てくるのも不思議ではない。LDIはLiability Driven Investmentの略で債務連動型運用などと訳される。各基金ごとに将来の年金支払額の見込みを作り、それに運用収入が見合うように債券やデリバティブによって運用し、インフレや金利変動に備える。将来の支払いを約束している確定給付型の年金基金で用いられることが多い。

英国ではLBIMやBlackrockといったアセットマネージャーが保険会社や年金基金のために運用を行うことが多い。デリバティブを行う際は、ファンドがカウンターパーティーとなるが、アセマネがOrder Placerとして運用指図を行う。銀行の請求権は責任財産限定のような形でファンドの資産に限定され、裏の保険会社やアセマネ等には請求ができない形を取ることが多い。

今回のマージンコールで問題となったのは、LDIが通常レバレッジを掛けているからである。例えばファンドの資産が100億円のばあいに、300億円の負債をもつような場合は3倍レバレッジとなる。概ね3倍のレバレッジで、最大5倍などと決められているケースが多いものと思われる。例えば2倍レバレッジをかけていたときに、金利が上昇して担保である英国債の価格が半分になってしまい、デリバティブ取引でも元本の半額の損失が発生すると破綻する。

デリバティブ取引で損失が出るとその分のマージンコールがかかるが、レバレッジをかけていなければ、ファンドの資産から担保を出すことができる。ただし、十分な現金を持っていない場合は英国債を売却して資金を捻出する必要があり、これが更に英国債の混乱を加速させる。こうしたことから、デリバティブ取引のCSAの適格担保に英国債を含めてほしいという依頼が相次いだと報道されていた。現金のみのCSAに国債を加えると、プライシングが変わってしまうため、多くの交渉においては、短期間だけの時限措置としていたところが多いのではないかと思われる。その他レポ契約を締結して英国債を現金に変換して担保を拠出するという方法もある。

LDIショックの前までは各ファンドともマージンコールに備えて現金をバッファとして持っていたはずだが、さすがに150bpもの金利上昇に備えていたところは少なかったと思われる。一度このようなことが起きてしまった以上、現金のバッファを積み増すか、レバレッジを下げる必要性が生じてしまっているものと思われる。これは、ひいては年金基金のリターンに影響する。やはり急激なマーケット変動は百害あって一利なしだ。これが日本の当局が急激な市場変動に対して介入する最大の理由ではないだろうか。

為替介入は無意味という意見がネット上では踊っているが、当局サイドは為替水準を円高に持っていくとは言っておらず、単に投機的な動きを封じ込めているだけである。いつ何時介入が入るかわからない現状においては、トレーダーも大きな円売りポジションを持つことが難しいと思われるので、今回の介入には意外と効果があるのではないか。金利の動きにしても急速に動いた時に何か手を打っているように見える。一たび大きな市場変動が起きると各銀行のVaRモデルやストレステストが一気に更新されるので、全体としてコスト高になってしまう。したがって、実は日本はこの辺りの制御が非常にうまくいっているように思える。

2025年の米国Basel III施行開始に向けた動き

予想通り、米国当局高官からFRTBを含むBasel IIIの施行開始前に準備をすべきというコメントが出てきた。2025年1月から適用開始ということで、まだまだ先のことという印象が漂う中、遅くとも来年の第一四半期までには最初のドラフトができてなければならないというコメントだ。

いつものことなのでそれほど驚きではないのだが、2025年1月に適用開始ということは1年前の2024年1月には準備が整っていなければならず、新方式での計算もパラレルで始めなければならない。そうするとそれまでにモデル等が出来上がっている必要があり、当局承認もほぼ最終段階に近いところまで行っていなければならない。2024年1月に間に合わせるためにはその1年前くらいには作業を開始していなければならないが、そうすると来月とか再来月にはプロジェクトが立ち上がっているという計算になる。

欧州も同じタイミングで動き出すだろうし、日本のタイミングはそれより若干早くなる可能性もある。Basel IIIと言い始めてから随分と時間が経つが、来年は現場を巻き込んでBasel III対応が本格化しそうだ。

FRTBの内部モデル方式にメリットはあるか

シンガポールのUOBがFRTBにおいてIMA(内部モデル方式)を採用すると公表している。これまで内部モデルを使っていなかった銀行だったため、意外感がある。特にすべての商品についてIMAを採用するというのは驚きだ。米系はおそらく商品ごとのIMA採用比率が高いものと予想しているが、欧州や日本では一部の利用に止まると見られていたからだ。

懸念されたデータ収集についても、リスク管理の高度化のため努力を続けてきたとのことである。シンガポールの大手銀行と共同でデータ収集をしているのも大きい。

IMA採用による市場リスク資本の削減は、それほど大きくなく、信用リスク資本、オペレーショナルリスク資本の削減ほどのインパクトはないとのことだが、この発言にも若干違和感がある。個人的にはFRTBの標準法を使うとかなりのRWA上昇につながると考えている。72.5%の資本フロアがあるのは確かだが、FRTBの標準法はかなりPunitiveなものになると思っている。

金利リスクについてはIMAを使ってもRWA削減にはあまりつながらないが、為替リスクについては大きな差が出るというコメントも出ているが、これも意外だった。為替リスクは標準法で、金利リスクがIMAを使う方が良いかと思っていたからだ。

2024年から2025年にFRTBが適用開始になる国が多いことを考えると当局承認は来年くらいから取り始めなければならない。来年はFRTBに関する報道が多くなってくるものと予想される。