本邦においては、金融の中心が銀行であったため、リスク管理というと企業分析を通じた与信管理が中心だった。融資先の財務諸表を分析し信用供与を行い、日々モニタリングをしていくというリスク管理である。リスク管理関連の書籍を探すと、信用リスク管理に関しては文系の著者、市場リスク管理に関しては理系の著者といった形で分かれていたように思う。社内格付にスコアリングモデルが使われるようになってきてから、一部理系的な統計手法が信用リスクに使われることもあったが、当然伝統的なリスク管理者からの評判は悪かった。社債発行が少ないというのも関係していたのだろう。
証券会社のリスク管理においては、当然取引先の財務分析はするものの、一件ごとにかけられる時間は限られており、どちらかというと、取引後の管理に重きが置かれる。ローンと異なり、与信額であるデリバティブエクスポージャーは日々変動するので、それをマーケットでヘッジしていくことが必要になる。その意味では、銀行の与信管理を行っていたリスクマネージャーが証券会社に異動してリスク管理を担当するにはかなり無理がある。90年代後半から、銀行から銀行系証券に人が移ってリスク管理を担当することもあったが、これがXVAなどの新しい手法導入の妨げになったのかもしれない。
その後クレジットデリバティブが生まれ、信用リスクのプライシングができるようになるとマーケット系の人たちがクレジットの世界に飛び込んでくることが多くなり、CVAの発展へとつながっていった。CVAの概念を伝統的なリスク管理者に説明しても全く話が通じなかったが、昨今では、XVAはクオンツの興味を惹きつけるようになり、実務に活かされているかどうかは別としても、かなりのレベルに達してきた。経営層にこうしたマインドを持った人が増えてくれば、更にリスク管理の高度化に弾みがつくだろう。
カウンターパーティーリスクに関しては、アルケゴスのようなリスクは、伝統的な銀行のリスク管理とはスピード感が異なるので、デリバティブに通じたリスク管理者が必要である。長年融資その他のローテーションをしてきた人に、いきなりデリバティブのリスク管理を担当させるのは酷である。その意味では、日本にはこうしたリスクを見れる人材がまだまだ不足していると言わざるを得ない。
ISDAのAGM(年次総会)がスペインはマドリッドで行われている。久々のリアル開催である。古き良き時代は、毎年参加していた人も多かっただろうが、コスト削減で最近は厳しくなりつつある。とは言え、デリバティブ市場の最新動向を得るには非常に有意義なイベントである。いくつかその内容についても報道がみられ始めているが、久しぶりに、EUにおける事業会社に対するCVA免除の話題が出ている。
米国と日本では事業会社向けだからといって、資本計算からCVAを除くということは行っていないのだが、欧州だけは免除が継続している。当初は時限措置だと思っていたのだが、どうやら恒久的措置になりそうという話が出ているようだ。RWAが全世界で注目を集め、ビジネスの最大の制約になっているのを考えるとこれは非常に大きな意味を持つ。米銀や邦銀が欧州の事業会社向けに無担保デリバティブ取引をするのが不可能になってもおかしくない。資本コストをきちんと織り込めば、欧州銀と競争するのは不可能になるからだ。これは、欧州の事業会社にとっても、欧州銀としか取引できなくなるため、プライスの悪化を意味する。
補完的レバレッジ比率、Collins Floorなど米国の資本規制は他国より厳しいが、このため、MMFファンド向け米国債のレポ取引銀行のトップ10に米銀が入らないなど、ビジネスに大きなインパクトが及んでいる。日本国債のレポでも米銀のシェアは欧州系に比べると格段に小さい。つまり、レポはフランス、カナダ、日系が、事業会社向けスワップは欧州系が支配するというように、市場の分断が起きていくことになるのだろう。SA-CCRを適用した米銀が短期の為替取引においてプレゼンスを落としているという話も報道されている。こうした市場分断はマーケット全体にとって望ましくないと思うのだが、世界的にもう少し協調することはできないのだろうか。
中国のオンショアカウンターパーティー向けのデリバティブ取引にネッティングが認められるという記事をいくつか書いたが、これ自体は非常に歓迎されるものの、実はやらなければならない作業が非常に多い。前にも述べたようにネッティングが有効でない場合は証拠金規制の免除が認められていたが、これが一気に消滅する。つまり、VMとIMの交換を始めなければならず、IMについては、カストディアンにおける分別管理を行わなければならない。
これまでのPhaseの中でこうした交渉はずっと行ってきたので、特に新しいことではないが、CSAやカストディアンとのACA(Account Control Agreement)など契約交渉とオペレーションの準備にはかなりの時間がかかる。多くの中国のカウンターパーティーが複数の金融機関と一斉に交渉を始めなければならないので、かなりの事務負担になる。おそらく3か月とかでは確実に無理である。本邦金融機関も遅れないように早めに作業を開始しなければならない。
9月には対象会社の件数がPhase5の2倍といわれるPhase 6のGo Liveも控えているのでなおさらである。ISDA Createなど電子的に契約を進める方法を使えばよいのだがまだ認知度がそれほど高くない。Risk.netの記事では、ISDA AGMでISDAが当局に対してもう少し時間が必要ということを訴えているとあるが、この中国のネッティングに関しては半年から1年のTemporaly Reliefが必要かと思う。とは言え、こうしたことが真剣に議論されているということは、今回はついに中国がClean Netting Jurisdictionになるということなのだろう。
2012年から金融規制・市場最新動向をお届けしてきました。今般アメブロから引っ越してきました。