資本フロアによる地域分断

EUで資本フロアをエンティティ毎に導入するという話が出ている。各国の現地法人ごとにフロアを設定することになるので、実施されれば、大手銀行のグローバルブッキングモデルに大きな影響がある。

バーゼル3のフロアは72.5%だが、米国は実質的に100%フロアなので、米銀では内部モデルを改善させてリスクに応じた資本を積むというインセンティブはなくなり、標準法だけが自己資本比率に影響する。内部モデルを完全に無視しているわけではないだろうが、いくら時間とコストをかけてもROEに影響はない。欧州ではグループ毎にフロアがあるので、ある程度のグループ間の最適化が行えた。これがエンティティ毎になると、リスク移転は難しくなる。

多数の国にまたがる国際的大銀行に比べ、現地の中小銀行にとってはほとんど影響がないため、当然中小国からはこれを支持する声が大きい。確かにある国でリスクの高い取引を行い、別の国で安全なビジネスを行っているような場合、リスク移転をすれば全体として最適化が図れる。その国の当局にしてみれば自分のところの安全なビジネスがリスクの高い他国のビジネスを支えているということになってしまうのだろう。

以前はEUなどでも、極力広域連携を行い効率性を上げようということだったのだが、自分の庭はきれいにしたいという自国主義が台頭するようになってきた。ここまで国境を越え始めた金融ビジネスを円滑に運営させるためには、規制を統一して世界が共通のルールで動くようになるのが望ましいのだが、地政学リスクやEU脱退などもあり、なかなか理想には近づけない。もともとEUも全体として資本フロアを設定しようという意見が強かったと思うのだが、昨今の政治情勢では仕方ないということなのだろうか。

ロシアリスクが金融に与える影響

ここ数週間はロシアリスクの分析ばかりだったリスクマネージャーが多いだろうが、やはり想定外の事象というのはいつでも起きるものである。

巨額損失が出たという話はまだ聞かれないが、価格変動という意味ではやはりコモディティが大きい。一日にして巨額のマージンコールがかかっているところも多いのではないだろうか。特に天然ガス市場などは、一気に50%近く急上昇した。個別株ならこれくらいの動きがみられることはあるが、為替などで一ドル100円が一日で50円になることはないだろうからコモディティ価格の動きは他に例を見ない。

ここまでくると変動証拠金を取っているだけで安心はできず、当初証拠金が必要になる。とは言え30%とか50%を超えるようなIMを取るのは結構難しい。事業ヘッジのはずが、マージンコールが問題になってしまうユーザーが出てくることも容易に予想ができる。

金融業界ではやはりロシアをSWIFTから締め出すかどうかが最も注目を集めている。当初はまさかと思っていたが、少しずつ現実味を帯びてきているようにも思える。(2/26追記:と思ったらあっという間にロシア排除の米欧合意が公表された)他にも適格担保からロシアの債券を外したり、クリアリングから締め出したり、送金を止めるという動きが活発に議論をされている。ロシアとウクライナの格下げニュースも相次ぎ、S&Pはロシアを非適格等級であるBB+まで下げた。クレジットスプレッドが3000bp近くまで跳ね上がるのを見るのは久しぶりだ。大手資産運用会社がドル建てロシア国債で時価総額の45%を失ったとも報じられている。

今度は台湾有事のシナリオ分析をすべきではないかという声も出てきているので、リスクマネージャーにとっては試練の年になっている。新規の取引に慎重になるところも増えてくるかもしれない。

ストレスキャピタルバッファが資本規制の中心に

GSの投資家向けプレゼンテーションが公表されているが、資本コストにかなりのフォーカスを置いている点が印象的だ。当然部門ごとのビジネス戦略にも触れているのだが、効率性を追求し、資本コストを抑えながら経営をしていくという方向性が明確に伝わってくる。資本や効率性がAppendixのような扱いを受けている日本とは対照的だ。

P14において、最近導入されたSCB(Stress Capital Buffer)を現状の6.4%から5%に減らすというプランが示されている。G-SIBチャージが2.5%から3%、3.5%と上がっていくのに備えるということだろうか。既に自己資本比率規制への対応策が様変わりしてしまったような印象を受ける。驚くべきはこうした資本要件の厳格化にもかかわらず14-16%のROEが達成できているという点だ。

FRBが公表している米銀の資本状況を見ると、SCBは最低の2.5%から7.5%までと幅広い。バーゼルで定められたCCB(Capital Conservation Buffer)の2.5%に比べると3倍以上になっているところもあるということである。これに最低水準である4.5%を加え、大手銀の場合はさらにG-SIB Surchargeが加わり、合計で10%を超える自己資本が求められる。そしてこの資本に応じてROEを上げていく必要があるので、ビジネスのあり方がかなり変わってくる。

SCBはストレステストに基づく指標なので、市場に大きなショックが起きたときにも耐えられるということが重要である。当然ながら市場のショックが起きた時に損失が出るビジネスを減らしていかないと、ROEが低下してしまう。資本要件を満たせないと配当やボーナス支払いに制限が加わるので、真剣にコントロールせざるを得ない。

それにしても海外ではSCB、CCB、CCyBなどの話題で持ちきりなのだが、日本ではあまりこうしたことを話している人は、一部の専門家を除くと極めて少ない。今後は日本も同様の基準を重視していくようになるのだろうか。

米国債の清算集中ISDAアンケート

ISDAが米国債の現物及びレポのクリアリングに関してサーベイを行っている。バランスシート規制やレバレッジ比率などの制約によって、銀行が米国債を積極的に取引ができなくなり、流動性が低下しているという指摘がなされているなか、今後の方向性が注目される。

今回のアンケート調査は、米国債の清算集中に関する法的面、オペレーション面、資本規制を含む規制面の影響にフォーカスを当てている。回答期限は3/18だが、米国債の活発な取引主体である日本の機関投資家からも積極的な問題提起が望まれる。

個人的にはこれで取引時の制約が緩和されるのであれば、ぜひ進めていった方が良いと思う。証拠金等若干のコストがかかるかもしれないが、市場の安定性という観点からはCCPによるクリアリングの効果は大きい。オペレーションが面倒、証拠金負担を避けたい、システム開発コストがかかるといった意見も出るだろうが、それらのコストを上回るベネフィットがあると思っている。

昨年感染拡大によって国債をレバレッジ比率の計算から一時的に除外することが認められたが、期限付免除だったため、将来的に元に戻ることを考えると、思い切ってポジションを増やそうという動きにはならなかったと感じている。期限が切れる直前には、免除期間が延長されるかどうかを巡ってマーケットも神経質な動きを見せていた。結局延長が認められず、それほど大きな混乱はなかったように思うが、それも市場参加者がある程度もとに戻ることを想定して、取引を抑えていたからではないだろうか。

そもそも規制の影響で四半期末にバランスシートを縮小するために、今や最も重要になったSOFRが動いてしまうのは、市場の安定化の観点から望ましくない。リスクを軽減する集中清算の仕組みを使って、清算取引に関しては資本賦課を減らすか、集中清算義務を課すようにするのが本筋のように思う。

通貨スワップのSOFRシフトが急速に進展

Clarusのブログを見ると、通貨スワップのSOFRシフトがほぼ完了したように見える。EURなどは、Euriborが存続することからどちらの方向に向かうか昨年秋ごろはよくわからない状態だったが、今ではほぼ100%がSOFR vs ESTRになっている。当然JPY、GBPもRFRシフトがほぼ完了しているので、主要通貨に関してはLIBOR移行は完全に終わった形だ。

他の通貨についてもSEKUSDはSTIBOR vs SOFR、NOKUSDはNIBOR vs SOFRに移っている。注目は前回も書いたAUD、NZD、CADだが、ついにこれらの通貨にも変化が起きた模様だ。AUDはBBSW vs SOFRが標準にNZDもBBR FRA vs SOFRにシフトしている。CADについては、ほとんどがCAD CDOR vs SOFRになっているが、CORRA vs SOFRはまだ使われていないようだ。いずれにしてもUSDLIBORレグの入った取引は着実に減っている。

他の通貨も急速にSOFRベースに変わっており、流動性というのは一旦移り始めると急速に市場標準が変わるということが明らかになった。その意味では当局や業界団体が標準を決めて市場の変化を促せば、簡単に市場標準が変わるということだ。

金融に関しては、顧客のニーズに合わせて複雑なカスタマイズをするのが必ずしも顧客のためになるとは言えない。これは、個人の嗜好に合わせて究極まで特別なサービスをする日本のサービス業の文化には合わないのかもしれない。なぜなら、そのようなカスタマイズをやりすぎると流動性が落ち、結局はコストに跳ね返ってしまうからである。

日本でローンを出しており、TIBORを基準にしているため、社内レートをTIBORに統一したい。そしてデリバティブ取引の割引率もTIBORにしたいというところもあるかもしれないが、そうするとそのヘッジ取引に余計なコストがかかる。現状ではどう考えてもTIBORよりTONAの方が流動性が高い。TIBOR vs SOFRの通貨スワップも相対ならできないことはないだろうが、ディーラーサイドは、TIBOR vs TONA、TONA vs SOFRと二つのスワップでヘッジをする必要があるので、結局コスト増になってしまう。

油の量、麺の硬さ、トッピング等、個人の好みに合わせたあらゆるオプションを与えることはラーメン屋では可能かもしれない。だが、金融では、あくまでもシンプルに、皆が取引をしているものを使うのが望ましい。個人の嗜好に極限まで合わせた注文住宅が売る時になって苦労するというのと同じなのだろう。

こうした流れから、通貨スワップについても円担保でドル円通貨スワップを行うとコストがかかってしまう。とは言え担保は円を出したいというニーズがあるので仕方がない。この辺りもSwapAgentなどを使ったりして、標準的な条件で取引をできるように市場を変えることが望ましいのだろう。これを突き詰めれば先物になるのだが、通貨ベーシスのリスクをヘッジするための先物は作れないのだろうか。また、ヘッジ会計の要件を緩めるだけでも市場流動性には大きな影響があると思うのだが。