デリバティブ取引の割引率

以前はデリバティブ取引の割引率(ディスカウントレート)と言えばLIBORを使うのが一般的だった。邦銀であれば円LIBOR、米銀であればドルLIBORが使われていたと思われる。当初、LIBORはリスクフリーレートのProxy、つまり代替指標として使われていた。

デリバティブプライシングにおいては、リスクフリーの金利期間構造が不可欠であったため、AA格程度の銀行の短期の借り入れコストを表すLIBORが、リスクフレートとして便宜的に使われた。あくまでもリスクフリーレートの代替であり、銀行のリスクを含んだRisky Rateとしての扱いではなかったように記憶している。金利スワップの変動金利がLIBORで、ディスカウントレートもLIBORだったので、プライシング上便利という理由もあったのだろう。

2000年初めに良く行われた議論は、有担保取引の担保金利は翌日物金利であるOISだったので、OISディスカウントをすべきだというものだった。デリバティブ取引の担保契約であるCSA上では、現金担保に対する金利は米ドルであればFFレートであり、日本円であればTONATであった。

当時はTONATと言ったのだが、今ではTONAと言われることが多い。Tokyo Overnight Weighted Average RatesだからTONAとかTONARなのだが、ロイター社テレレートのTONATページにレートが表示されていたからTONATと呼んでいたのだろう。

しかし、リーマンショック時に銀行の信用リスクが顕在化すると、LIBORをリスクフリーレートとすることに対して疑問が呈されるようになった。ここで翌日物金利をベースにしたOISディスカウントへ移行しようという話になるのだが、先ほど述べたように、OISディスカウントの話は金融危機前から出ており、一部の海外大手銀行は、金融危機には既に移行を終えていたところもあったはずである。システム的な変更は終えていなかったとしても、将来的なOISディスカウントへの移行をにらんでプライシングを変えていたところが多かった。

プライシングの変更を早くから進めていたことににより、こうした大手行は、金融危機時の収益悪化をある程度緩和することができたものと思われる。金融危機以前にOISディスカウントの重要性について認識し、プライシングを変えていた銀行には、先見の明があったと言えよう。CCPでもLCHが2012年にOISディスカウントに移行し、有担保取引の割引率は完全にOISディスカウントに移行していった。

この頃から、LIBORはリスクフリーレートの代替ではなく、銀行の信用リスクを含んだものと言われるようになった。そもそもファイナンスの世界では、投資評価はその投資のリスクに応じて決まるものであり、それをどうファイナンスするかは関係ないというのが定説があったため、このディスカウントレートの変更に際しては、業界をあげた大きな議論になっていた。

プロジェクトファイナンス等で将来キャッシュフローを割り引く際には、無リスク金利に投資のリスクプレミアムを加えて現在価値を計算することが多い。しかし、その投資資金をいくらで調達するかは関係ない。しかし、デリバティブ取引においては、この頃からCVA、DVA、FVAといったXVAの導入が進み、どうファンディングするかというのがプライシングに考慮されていくようになる。当時あれほど、クオンツ部門と喧々諤々の議論をしたのだが、今では、こうした評価調整は所与のものとして話が進んでいる。

さて、話を2021年に進めると、今度はLIBOR改革でLIBORがなくなることになった。おそらく外資系であれば、有担保取引はFFディスカウントからSOFRディスカウントへ変更されているものと思われる。同時に、無担保取引についてもLIBORディスカウントからSOFRディスカウントに変更しているところが多いものと推測される。そうすると、有担も無担も同じSOFRディスカウントでよいのかという疑問が生じる。邦銀であればTONATとか、TIBORディスカウントに移行しているのかもしれない。あとは有担保と無担保の違いは、FVAで調整しているということになるのか。この辺りはまた時間のあるときに。

LIBOR移行Update

月初なのでJSCCの月次データを見てみる。

https://www.jpx.co.jp/jscc/toukei.html

予想通り8月にOIS移行が一気に進み、想定元本の半分を占めている。LIBORの割合は23%と7月に続いて一気に減少した。TONA Firstの後押しもあったが、まさにワクチン接種率と同様、日本という国は進みだすと早い。現場の雰囲気も既に金利スワップと言えばTONAが主流で、LIBORの場合はわざわざLIBORでと言わなければならない。

一つ注目すべきなのはTIBORが引き続き27%を占めている点だ。以前は10%未満だったので、LIBOR改革とは、LIBORがOISに変わるだけでなく、TIBORの増加を意味するのだろうか。初期の頃からTIBORが増えているのを見ると、ヘッジ会計やシステム整備の関連で一時的にTIBORへのシフトが進んだという見方もできようが、恒久的にTIBORが増えていくのかもしれない。もっとも、日本の場合は会計が極端に保守的なので、単にヘッジ会計の整理がまだ終わっていないというだけという可能性も捨てきれないので、今後の展開に注目したい。

日次の統計も確認してみる。

こちらも全般的には同じ流れだが、日によってLIBORやTIBORが増えている。クリアリング取引の場合は、取引のアンワインドができず、反対方向の取引を入れたうえで消すので、既存のLIBOR移行関連の取引も含まれているのだろう。

一応LCHの月次データも見てみる。本当はシェアを出せると良いのだが、データ集計が面倒なので取引量($bn)で示す。

https://www.lch.com/services/swapclear/volumes/rfr-volumes

不思議とあまり取引量に変化がみられない。LCHの場合は、tpMatchなと短期の取引が全体をゆがめる傾向があるので、長期の流れがつかみにくい。また、全体の取引量が細っているのも影響している。とは言え、以下のようにSOFRを見てみると取引量が着実に増えているので、TONAのグラフは若干の違和感がある。新しく開示され始めたデータでもあるので、少し精査をしてみる必要がありそうだ。