デリバティブ取引の信用リスク軽減手法

ヘッジファンド等と取引をする際にはISDAマスター契約に何らかのトリガー条項が入っているのが普通である。ヘッジファンドは通常の会社と異なり信用評価が難しいので、財務分析をするというよりは、状況に応じて臨機応変にリスク削減を行うというのが重要になる。

しっかり相手方の信用力を判断してから取引に入るという文化の日本ではなじみにくい業態なのだろうが、デリバティブ取引のメインプレーヤーであるヘッジファンドや年金ファンドと取引をしていないと、市場の流れがつかめなくなる。とは言え、ヘッジファンド相手の取引は外資系が独壇場で日本の金融機関のシェアは少ない。

世界中で資産運用ビジネスが活発化している中では、このセクターとの取引は避けて通れないだろうし、ここをカバーしていないというのは片手落ちになってしまう。

特に近年はCCPにおける清算や、証拠金規制もありカウンターパーティーリスクが削減されているので、少し考え方を変えれば、日本の金融機関にも参入余地はあるだろう。

こうした業態と取引をする際に、マーケットで一般的に使われている(あるいは過去使われていた)トリガーを順にみていく。海外では各種Documentation関連の教科書に詳細が紹介されている。

NAVトリガー


これはおそらく今でも最も標準的なトリガーだろう。これは毎月純資産額の報告を義務づけ、それが前月比とか前年比で急減した場合に解約権を発生させるというものである。当然提出しなかった場合も解約権が発生する。

トリガー抵触時に直ちに全解約するのが望ましいかどうかはケースバイケースだが、そのまま解約することはあまりないのではないかと思われる。単純に大口の投資家が資金を引き上げたとか、別のファンドに資金を移したという、パフォーマンス以外の理由もあり得るからだ。

通常は、取引量や商品を限定する、当初証拠金を上げるなど担保条件を厳しくするということが行われる。モニタリングや報告を強化するということもできる。この解約権はISDAマスター契約のAdditional Termination Event(ATE)に設定される。デフォルトを宣言するEvent of Defaultとは異なる。

金融危機時には、ファンドの運用成績の悪化と投資家のリスク回避から、数多くの取引が解約され、市場に混乱をもたらした。とは言え、こうしたトリガーによって早期の債権回収を行い損失を回避した金融機関が存在したのは事実である。

また、ファンドのパフォーマンスだけでなく、運用商品や運用方針の変更をトリガーに入れるケースもある。

格付トリガー

Moody’s、S&Pといった格付機関の付与する格付が一定の格付を下回ったら取引解約権が発生するというものだ。この条件は、ISDAマスター契約やコンファメーションに記載される。

複数の格付が存在している場合は、そのうち最も低い格付をトリガーに用いるケースが多い。すべての格付が取り下げられたときも同様だ。格付に応じて与信枠を決めている場合などにはなじみやすいトリガーと言えよう。

解約権を与えるほかにも担保契約を入れる、担保条件を強化するというものもある。以前は担保契約に信用極度額(Treshold)というものがあって、これを引き下げるということが良く行われたが、現在では信用極度額をゼロにするケースがほとんどなので、あまり一般的ではなくなってきた。担保契約であるCSAを契約しておいて、格下げされたときにそれを有効にするというやり方や、信用極度額や最低受渡金額を無限大からゼロに落として実質フル担保にするという方法もある。業界ではフル担といったりもするが、会社によっては当初証拠金を入れてPFEをゼロにする場合をフル担と定義しているところもあろう。また、適格担保の種類を減らしたり、担保のヘアカットを増やしたりということも可能だが、近年はあまり行われていないものと思われる。

金融危機時には、格下げによって1兆円を超える担保拠出を余儀なくされたため、流動性危機に陥り実質政府支援で救済された保険会社が海外にはあった。このように格付トリガーは会社の命運を左右する条件になりうる上、Procyclicalityの問題があるので、あまり推奨されなくなってきている。外部格付に依存した信用評価を当局が良しとしなくなってきたことも格付トリガーの利用率を下げる原因になっている。

バーゼル上でも、格付トリガーの影響をPFEの計算に織り込むことが禁じられている。また、LCR(流動性カバレッジ比率)においても3ノッチ格下げ時の担保拠出額を分母に入れる必要があるため、規制資本上も望ましくない。当時はXVAの一種でRVA(Rating Value Adjustment)を入れるべきという議論も盛り上がったことがある。

価格トリガー


株価、社債価格、CDSスプレッド等のマーケットで観測される指標によってトリガーを設けるものである。株価やCDSスプレッドは一時的な要因で乱高下することがあるので、このトリガーは個人的にはあまりお勧めできない。自分より信用力の高い会社を保証するようなCDSを売るケースなどに使われたこともあるが、最近ではほとんど見られなくなったトリガーではないだろうか。株価トリガーなども一瞬ヒットしたがその後すぐに戻った時にどうするかとか、面倒な問題も多い。

日本で売られていたリパッケージ債などにおいては、SPVに入っている社債価格があまりも下落し、デリバティブ取引の時価が同時に下がるとSPVが債務超過になるため、社債価格や、デリバティブ取引の時価に対する社債価格の割合等でトリガーをつけるケースも以前はみられた。

財務トリガー


社債やローンにつけられる財務制限条項と同じものをデリバティブ取引に適用しようというものである。デフォルト時に社債権者とデリバティブカウンターパーティーのどちらが優先的に弁済されるかが問題になるが、通常はスワップカウンターパーティーが社債権者に優先するか、あるいはパリパス(同順位)にするのが一般的である。ローンだけに各種コベナンツがついているとスワップカウンターパーティーとしては問題になるので、同じコベナンツを入れる必要がある。

自己資本比率、負債比率、総資産の変化率等あらゆる条件の設定が可能である。年に数回の決算期末にしか使えないという問題もあるが、財務諸表が公開されていれば、トリガーヒットの判定は容易である。

持株比率トリガー


Ownership Clauseともいうが、親会社が支援を打ち切ったり、子会社を売却するような場合に使われる。Change of Ownership Clauseと言ったりもする。

カウンターパーティーが親会社に依存している場合に、親会社の持ち株比率を50%超にしておくという条件が一般的だ。100%子会社でなくなったときに解約権を発生させるというものもある。本来であれば親会社保証を入れれば簡単なのだが、日本では保証を与えることに躊躇する会社が特に多いため、こうしたOwnership Clauseが使われることが多い。

キーマントリガー


親会社にリンクしたトリガーと同じようなものだが、ヘッジファンドの場合は、著名なファンドマネージャーがいなくなった瞬間に資金が引き上げられるということが起きうるため、このような条件を付けている。ただし、最近ではあまり見られなくなっているが、業歴の浅いファンドなどにはそれなりの意味のあるトリガーと言えよう。

LIBOR移行はUSDが最後になる?

IBA(ICE Benchmark Administration)からLIBORの停止に関する市中協議のアナウンスメントがあったが、GBP、EUR、CHR、JPYについての意見募集となっており、なぜかUSDが入っていない。

USDについては継続的に協議を行い、別途のアナウンスを行うと書かれている。FCAのアナウンスメントでも通貨ごとのコメントが掲載されているが、USDについてはまだ具体的な提案が行われていない。

GBPについてはTough Legacy(移行が困難な既存契約)が多く存在しているため、Synthetic LIBORの利用も示唆されている。Synthetic LIBORというとLIBOR存続という印象を与えるかもしれないが、結局はRFR(リスクフリーレート)+何らかのSpreadという形になると思われるので、従来型のパネル行が提出するレートから決まるものとは一線を画したものになるだろう。

円LIBORについてのコメントもあるが、継続して評価としているのみで具体的なことは何もわからない。

今回の一連の動きを見て、USD LIBORからの移行が遅れるのではないかという意見も聞かれ始めた。確かにSOFR連動のスワップはCCPの割引率変更の後若干増えたが、その勢いは続いていない。銀行のクレジットリスクを含んだインデックスについての議論も継続している。

SOFRのターム物に対する期待も高いが、しばらく時間がかかりそうだ。確かにここまで既存取引の多いUSDLIBORについて、急に移行を促すのは不可能なのかもしれない。GBP等他の通貨でまずはやってみて、USDの移行スケジュールを見極めたいとしても不思議ではない。

そうするとISDAプロトコルが有効になる来年1/25以降にGBP等一部の通貨の公表停止前トリガーが引かれ、最後にドルということになるのだろうか。他通貨の動きを見ながら円LIBORについて考えておけば良いかと思っていたが、実は円はドルより先に移行作業が必要になるのかもしれない。

信用リスク管理の基礎

米国では、1980年代くらいに、各銀行がシェア拡大を重視したため、その後のデフォルト損失が拡大した。この頃から伝統的な与信枠管理に加えて、リスク分散とヘッジに注目が集まり、ポートフォリオのリスク管理、信用リスクの移転が始まった。

期待損失と最大損失

そこで期待損失最大損失を分けて管理するようになり、期待損失はできるだけヘッジし、最大損失は資本で賄うという考え方が一般的になった。デリバティブ取引でいうと、期待損失はCVA部分にあたるので、それは日々ヘッジを行い、最大損失は与信枠で管理をするようになった。ローンで言うと期待損失は引当金で賄い、最大損失は与信枠での管理ということになる。

デリバティブ取引のエクスポージャーは、通常VaRなどのシミュレーションにより将来の損失額を見積もるが、与信枠はPFE(Potential Future Exposure)でCVAは期待損失を使う。つまり同じシミュレーションで枠管理とCVA計算の双方ができることになる。会社によってはPFE計算とCVA計算を分けているところもある。同時に同じシミュレーションを使って資本計算もできる。

日本では、デリバティブ取引の与信枠管理というと、想定元本に何らかの掛け目を掛けて計算していたり、資本計算等に使うCEM(カレントエクスポージャー方式)によって枠を決めているところもある。ただし、これだとネッティングや相関を正しく信用判断に織り込むことが難しい。


能動的ポートフォリオ管理

当初は、業種や格付などの分類に従って、ポートフォリオをモニタリングし、必要あればそのエクスポージャーにリミットを設けてリスク集中を避けるというものであった。

しかし、CDSの登場やLoan Participationによってクレジットマーケットの流動性が高まったことにより、信用リスクの移転が可能になった。海外ではローンの売買も活発に行われるようになっていった。

古くは、一度ローンを出してしまったら、最後まで付き合わなければならないため、厳密に財務分析を行い、コベナンツ、担保等による信用保全を行い、常にモニタリングをするのが一般的だった。

今では、信用リスクの一部を証券化によって移転したり、CDSによってヘッジをしたり、債権の売買を行うことによって能動的にリスク管理をすることが可能になっている。低金利から、こうした一部のリスクを取りたいというファンドも現れ、リスクマネーの担い手も増えてきた。

デリバティブ取引の場合だとNovationによってカウンターパーティーを変更するのは日常茶飯事であり、CCPで清算すれば相手先のリスクからは解放される。CCPで清算しなくても、証拠金規制により当初証拠金まで取るようになれば、カウンターパーティーリスクは極限まで軽減される。

こうして相手方の信用リスクからは解放されるようになり、証券会社においては審査部の担当者数が少なくなり、信用リスク分析の中心は、ローンなどの信用リスクのオリジネーションをするところと、クレジット投資を行う部門へと移っていった。また、信用リスクよりは流動性リスクやオペレーションリスクなどの別のリスクの重要性が増したため、こうした部門への配置転換が行われている。規制により資本賦課が高まったため、資本の最適化を行う部門やヘッジを行うXVAデスク等への人員シフトも起きている。ヘッジを行うことによってエコノミックキャピタルの削減も可能になったので、こうした部門の重要性はますます高まっている。

従来型の信用リスク管理においては、取引先の財務状況に目を配ることがメインの業務だったが、今では、どういったリスクがどれくらいの価格で移転されているのか、CDSのスプレッドがどう動いているかというマーケットのセンスが要求されるようになってきた。そして、既存ポートフォリオやヘッジから生じる資本賦課を意識しながら管理をしていかなければならないため、資本規制や流動性規制などにも通じている必要が出てきたのである。