金融の進化を促す規制とは

バーゼルIIIの早期適用など、日本は規制については優等生で、欧米が規制導入を頻繁に遅らせる中、常に約束通りの導入を実現してきた。バーゼルが提唱するガイダンス等もきちんと国内で法制化し、欧米当局からの規制の同等性も確保して、市場安定のために率先して規制導入を進めてきている。

米国SEF規制に倣って導入したETPのように、あまり実効性はなくなっているように思えるものもあるが、それでも同等性を確保するために一応のガイダンスは存在している。

そんな中、先進国の中で唯一日本が力を入れてこなかったのが2014年のBasel IOSCOガイダンス、Risk Mitigation Standards for Non-centrally Cleared OTC Derivativesである。当時は、可能な限りCCPで取引を清算し、清算できないものについては証拠金規制によってリスク削減を図るという方針だった。ご存じの通り証拠金規制は日本でも完全に導入され実体的にも意味のあるものとなっているが、オペレーション面に注目した上記のガイダンスについては、香港やシンガポール、オーストラリアといったアジア圏でも導入されているにもかかわらず、唯一日本だけが一部の証拠金に関係するところ以外のガイダンスを出していない。

海外当局としては、担保授受を義務付けたからといって、時価や取引件数の不一致、Disputeによって担保が受け渡せないとなると意味がないので、こうしたオペレーション面に関してのガイダンスは一連の規制の中で重要なパートとして位置づけられている。ここで重要視されているのは以下のような項目である。

  • 取引関係の文書化、法的確実性の確保
  • 取引の確認、条件の不一致のチェック
  • 時価評価のプロセスの合意と文書化
  • ポートフォリオの照合
  • コンプレッション
  • 紛争(Dispute)の解決

日本はそもそも、為替取引が何の契約もなく行われていたこともあり、コンファメーションの送付が遅れたり、時価がずれていてもその原因究明に時間が割けなかったという事情もあった。

他にもシステム化、オートメーションなどを促すSTPガイダンスも日本にはない。また〇分以内に取引を報告するというガイダンスも少ない。つまり、日本には、オペレーションを標準化、システム化し、即時処理を促すようなガイダンスが少ないように見える。マニュアル作業が多いため、数分以内に処理をするなどという規制を入れようとすれば、日本では大きな反対運動が起きそうだ。

海外はこうした規制の効果もあり、マニュアル作業を廃止し、早くからシステム化、オートメーション化が進んだ。USの取引報告などは、規制導入時に、取引直後15分以内の報告が求められ、さらなる時間軸短縮の話も出ていたため、手作業でのレポートは早々にあきらめ、すべて自動化を進めた。

それでも海外展開を行っている大手邦銀はこうした基準に併せて事務効率化を進めているので、あまり大きな問題になっていないところが多い。しかし大手以外となると、かなり海外との差が大きくなってきてしまったところもある。

また、海外でも日本の特殊性が語られることが若干多くなり、2019年などは欧州が上で述べたような日本の慣行について問題提起を行っており、日本は欧州規制とはいくつかの点において同等ではないという文書も公表している。

欧州ESMAが出した2013年の当初文書では、日本の規制は取引条件の確認やポートフォリオの照合・圧縮、証拠金の授受など多くの点で要件が不十分であると指摘された。その後、証拠金規制導入後に再評価したのがこの2019の文書である。その結果、Valuationと紛争解決、証拠金の授受については同等性が認められた。

しかし、一方以下の項目については同等性が認められなかった。

  • 取引条件のタイムリーな確認(Timely confirmation)
  • ポートフォリオの照合(Portfolio reconciliation)
  • ポートフォリオの圧縮(Portfolio compression)

これらの分野については、日本の規制が依然としてEMIRの基準と比較して不十分であると判断されたため、同等性決定の対象外とされてしまった。確かにConfirmation送付までの時間を比較すると日本はかなり長くなっており、ポートフォリオ照合やコンプレッション量も少ない。ただし、一部外資系が問題提起をしている程度で、この同等性が否定されたことすらあまり大きな話題にもならず、特に問題があるとはみなされていない。

確かに問題がない部分については特に厳しい規制をかける必要はなく、グローバルに問題視されない程度に海外と同レベルの規制を入れておけばよいというのは現実的な対応である。ただ、特に米国の場合は、リーマンショックを受けて銀行規制を厳格化しようという狙いのほかに、標準化、システム化、自動化を進めて、金融の進化を促進するような方向性へのガイダンスも数多く導入しているような気がしてならない。

確かに米系のシステム投資はかなり大きく、今やほとんど人手を介さず取引をするのが一般的となり、手数料の圧縮と取引流動性の拡大が起きているようにも思える。残念ながら海外で主流となった規制が世界中に業界標準として拡がっていく傾向は否めないので、日本でも大手だけでなく、海外規制動向に注意を払い、日本にない規制についても極力注意を払っておく必要があるのかもしれない。