ファンド向けの取引はプライムブローカー経由で行うことが多い。プライムブローカー業務を行っていると、他社で執行された取引のリスクを引き受けることもあるので、たとえ為替取引であっても、そのリスク量は大きくなりがちである。
プライムブローカーとは金融取引のメインバンクのようなもので、株、債券、為替などのトレーディングのサービスを一括して提供するもので、こうした株や債券などの担保を裏付けに貸付も行ったりする。デリバティブ取引で需要なのは、プライムブローカーの名前で取引ができるという点である。つまり、プライムブローカー以外の銀行にとっては、たとえファンドとの取引だったとしても、そのファンドのプライムブローカーである大手銀行の信用力として取引ができるのが最大の利点である。逆にプライムブローカーとしては、そのファンドが他社と行った取引も引き受けなければならなくなるため、リスクが集中する。これを預かっている証券等の担保によって保全していくわけだが、プライムブローカレッジ業務には、高度なリスク管理が必要になる。このリスク管理の失敗により巨額損失が発生し、大手銀行が撤退を繰り返しているというのが、その管理の難しさを物語っている。
プライムブローカー業務の中には為替取引に特化したものもあるが、XVAなどのコストをプライシングに織り込むことが一般的になってからも、為替取引に関しては、競争上のプレッシャーから充分なXVAをチャージできているかどうかは定かではない。信用リスクを集中管理する部門がカウンターパーティーごとにリミットを設定し、ビジネス部門がこれを遵守するという、単なる集中リスク管理のみを行ってきた金融機関も多かったものと思われる。特にあらゆる取引をポートフォリオで管理するプライムブローカーとしての取引については、カウンターパーティーリスクのプライシングを行わず、適切な担保によってXVAを発生させないように管理することも多かった。
しかし、アルケゴスの破綻に代表されるように、プライムブローカー取引から巨額損失が発生するケースが発生し、当局の注目度も高まり、適切なカウンターパーティーリスク管理が以前にもまして重要になってきたのである。海外においては、XVAを通じたリスク管理は為替の分野においても幅広く導入されている。これが海外では証拠金規制対象外の為替取引であっても有担保で行われることが多い理由であるが、日本においては無担保の取引も依然多い。
金融危機後は、顧客はクレジットチャージを適切にプライスする銀行と取引するために、若干の追加コストを払うことをいとわないという報道も見られた。そのほうが、突然クレジットリミットに抵触し、それ以上の取引ができなくなる可能性が小さいからである。リーマン破綻直後は、多くの金融機関が取引に慎重になり、充分な枠を提供できなくなった。顧客側にとっても、有利な価格を提示する金融機関との取引を積み上げた結果、クレジットリミットに抵触しそれ以上の取引ができなくなるよりは、適切なチャージを払ってでも継続的に取引ができるということを重視する市場参加者が増えたのである。
日本ではこのような動きは見られなかったが、海外では、金融機関と顧客の力関係がその時の状況によって変化している。特に為替やプライムブローカー業務においてはその傾向が顕著である。昨今では市場流動性に応じてアルゴが取引コストを調整することも容易になってきたため、何らかの地政学リスクが発生した際に、数か月分の収益を賄うといった機会を捉えることができるようになった。逆に、こうした機会にも従来と同じプライシングを継続していると、収益機会(というよりは、適切なコストを取り戻す機会)を失うことになってしまうだろう。