日本の大手銀行がROE9-10%を目指すという記事が出ているが、日本の金融機関のROEも少しずつ上がってきた。自社株買いも少しずつ増え始め、資本効率を意識した発言もみられるようになってきた。ROE重視というのは既に何十年も前から言われていることなのだが、欧米と日本は環境が違う、ROEが最良の指標とは思えないという雰囲気があり、これまでは本腰を入れたROE改善が図られてこなかったように思う。
日本と海外の最大の違いの一つがこのROEに対する姿勢かと思われる。グローバルバンクでは、案件ごとにROEをチェックし、それが10%などのターゲットを満たしていないと案件がほぼ確実に却下される。それでは競争に勝てない、この案件は将来的に重要だといっても、例外的に認められるケースは極めてまれだ。デリバティブ取引でも同様で、いくら他社が良いプライスを出してくるからといっても、KVAを賄えない収益となる取引を実行できる可能性はほとんどない。
日本の銀行で働いているときは、他社の価格をみながら、競争上の理由によってROEがターゲットに達していなくても取引をするのはそれほどおかしいことではなかったように思う。欧米のように利益だけを重視してはだめで、日本経済に対する影響などを考えて、必要なところには資金を回さなければならないと言われたのをよく覚えている。これは当時はもっともな意見だと思い、あまり疑問を感じなかった。ただ、自分が資金を出さなかったとしても他に喜んで資金を提供するところが多かったのも事実ではあった。
ROE重視というのは経営トップが号令をかけるだけでは現場はその通りに動かず、その改善も遅々としたものになりがちである。これを一気に改善するには適切なインセンティブメカニズムを構築する必要がある。企画部のようなところが基準を決めて従わせるか、KVAを現場から徴求してしまうという方法が、まず提案されやすい。一方グローバル銀行では、部門採算を突き詰める傾向にあり、資本コストやファンディングコストが各トレーディングデスクに割り当てられる。それが日々の収益から税金のように取られていく。そして部門別のROEがチェックされ、それがあまりに低いと業績評価にダイレクトに影響する。したがって、トレーダーが自ら資本コストの高い取引を避けるようになり、コストの高い取引に対しては多くのチャージをかけるようになる。
不思議なものでこのようなコストアロケーションが行われていなかった頃はトレーダーがファンディングや資本効率を意識することはなかった。これが日々のPLから差し引かれるようになると、社内カルチャーが一変する。つまり、ROEを向上させたい、コスト削減を図りたいというときには、全社的に号令をかけるのではなく、コストアロケーションによって末端まで行動を変えてしまうのが手っ取り早い。例えばSA-CCRへの変更があったときなど、現場には他社が資本コストを気にしてプライシングを変えてきているという情報がすぐに入ってくるため、これに応じて徐々にプライシング慣行を素早く変更できる。
経営トップや企画部門が管理をしていると、ここまで機動的には動けない。金融に限らず日本は値上げをしにくい文化だとは言われるが、デリバティブ取引でも同様であり、競争上の理由から全員でROEが下がるという事象が起きて金融の長期低迷が起きているように思う。そもそもXVAというのは、取引に係るあらゆるコストを、それぞれの取引に紐づけることにより、効率を上げるために使われているという側面がある。
CVAがなかった頃は各トレーダーがカウンターパーティーリスクを考慮することなく取引していたし、FVAが入るまではファンディングコストは財務部門が管理するものだと思われていた。KVAは資本計算をする部門の責任、MVAは、担保管理部門の範疇といった具合に管理が分散していたところ、XVAの登場によって、それを一つ一つの取引レベルまで落とし込んで管理をするようにしたということである。したがって、ROE重視の経営に舵を切るには、ROE改善と号令をかけるだけではなく、そのコストを各取引後とに落とし込んで、現場のトレーダーのインセンティブを変えてしまうのが、最も有効なのだと思う。