SPAN2とは

本年2021年には米国CMEのマージンモデルの変更が控えている。これまで長年業界標準として使われてきたSPANモデルの改良版となる。SPANは30年以上前の1988年にCMEで開発された証拠金計算モデルであり、日本のJSCCを含む世界30以上のCCPで使われている。

近年は先物の種類が増えるとともに、清算集中規制によって、CCPで取り扱うOTC取引も増加した。商品の複雑化、資本賦課等のへ間もあり、単一の商品だけではなく、ポートフォリオベースのリスク管理も重要となってきた。SPAN2の概要はCMEのWebsiteで詳細が説明されているが、ここでは簡単に概要を紹介する。

SPAN2の特徴

リスクの変化に応じて証拠金がダイナミックに変動する

先物、オプション、OTCスワップなど複数の商品を統一の手法によってカバー

リスクファクターについての透明性を向上

将来のポートフォリオの複雑化に対応する柔軟性

季節性、オプションリスク、ポジション整理・集中リスクへの対応

SPAN2の構成要素

  1. マーケットリスク
    十分な期間をカバーするヒストリカルVaR
    必要に応じてボラティリティや相関を調整
    季節性を考慮
    Skewなどのリスクファクターを含むVol Surfaceデータを利用
  2. ストレスリスク
    Event-Driven Stress VaR(十分な期間のヒストリカルVaRを計算するとともに、Brexitなどの実際に起きたイベントを追加することもできる)
    Hypothetical Stress VaR(実際には起きていないが、起きる可能性のある架空のシナリオを考慮)
  3. 流動性リスク
    ポートフォリオベースで、デフォルト時の清算に要するコストを考慮
  4. 集中リスク
    リスクの集中した大規模ポートフォリオの清算に要する追加コストを考慮
  5. リスク相殺
    従来のSPAN1と新SPAN2のリスク相殺

従前は無担保取引からリスクが発生することが多かったが、証拠金規制や清算集中規制の導入によって、リスク管理のメインストリームが、マージンリスクの管理へと移ってきた。2018年のNasdaqのコモディティクリアリングにおけるEinar Aasの損失や今年2021年3月に起きたアルケゴスの破綻はこうした傾向をさらに強めている。

日本では伝統的にリスク管理と言えばクレジットリスク管理が中心であり、顧客企業の財務分析を行って信用枠を設定するという伝統的な与信管理が主だった。デリバティブ取引については、マーケットリスク管理が一部では行われてきたが、日本の金融が銀行中心なためか、海外に比べてExpertが少ない気がする。

特に海外ファンドのリスク管理に長けた人材が枯渇している。アルケゴスのようなファミリーオフィスやヘッジファンドとの取引においては、相手を知ることはもちろん重要だが、いかにポジションを管理し、清算時の流動性リスクや集中リスクを管理し、十分な証拠金を確保することが最重要課題となる。その意味で、SPAN2モデルのような証拠金モデルについて、もう少し興味が集まるようになっても良いと思う。

英国が金融規制をリードする

英国の金融規制がEU規制のMiFID IIとは一線を画す形になりそうだ。財務省のSunak氏からEUとは異なる英国独自の金融規制を進める旨の発言が出されている。同時に英財務省からはBrexit後のシティのビジョンを示した「A New Chapter for Financial Services」と題した文書が公表されている。投資を呼び込むために中国、インド、ブラジルなどと金融サービス協定を結ぶとしている。

確かにMiFID IIは金融業界でも評判が悪く、まだ米国Dodd Frankの方が評価が高い。金融ビジネスは規制によってかなり大きく変化するので、英国が金融規制をオープンでグローバルなものにできれば、Brexit後に失いかけた地位を取り戻すことができるかもしれない。LIBOR改革で見せたように、英国当局は金融に精通した人材が多く、欧州当局よりレベルが高いように思う。ソルベンシーIIの見直しも表明していることから銀行のみならず保険会社についてもインパクトがある。

しかし一方で、欧州規制等の同等性を得られる可能性は低くなった。欧州と英国で異なる規制環境の中でビジネスが行われるということは効率性の観点からは望ましくない。これまでは同等性を根拠にグローバルな金融取引が成り立ってきたが、金融機関側としては異なる規制対応プログラムを策定する必要がある。

とは言うものの、Brexit後に欧州にビジネスが移る危機感もあり、英国がこの問題に本腰を入れたというのは大きいと思う。単にマーケットを締め付けるだけでなく、市場参加者の意見を反映させたうえで新しい形の金融規制が生まれるかもしれない。そこに魅力を感じてロンドンが国際金融都市として栄えれば、欧州サイドにも規制見直しの機運が生まれるだろう。そしてこれは米国や日本にも影響を及ぼすことになる。コロナであらゆるビジネスが変化したのと同様に、Brexitによって、こうした変革が加速しているという見方もできる。

結局通常は変化を嫌うのが人類の常なので、天災、疫病、戦争、金融危機等のようなイベントによって、それまで変わらなかったものが変化していくのかもしれない。