ストレスキャピタルバッファが金融機関のリスク耐性を弱める?

8/10月曜にFRBのストレステストの結果が公表されたが、以前もお伝えした通り、10月1日から本格導入されるSCB(ストレスキャピタルバッファ)のインパクトに注目が集まっていた。

予想通りではあるが商業銀行より投資銀行系のGSとMSのSCBが6.7%、5.9%と大きく、最大はドイツ銀行の米国ビジネスにかかる7.8%だった。

SCBは非常に大きな経済混乱が起きた時にどの程度損失が出るかを考慮して追加で資本を積ませるというコンセプトなので、トレーディングポジションの多い銀行のバッファが増えるというのは、一般の人にはわかりやすい指標なのだろう。

このテストをするときに、GDP、失業率、金利、為替など、ストレス環境下で何が起きるかをまず決めて、そのシナリオにおいてどのくらいの損失が出るかということを予想していくのだが、このプロセスをトレーディングポジションに当てはめると、このSCBは一体何の役に立つのだろうかと思ってしまう。

景気が悪化して金利や為替が急激に変化し、市場ボラティリティが激しくなった時に、どれくらいの損失が出るかと金利、為替トレーダーに聞くと、ほぼ全員が利益が出ると言ってくるだろう。ボラティリティが上がるということはBid Offerも広がるだろうし、市場変動に備えて持っているオプションからの利益も上がる。特にエキゾチック物を扱うトレーダーなどはかなりの収益が見込める。ストレステストを提出しなければならない担当としては、ストレス時に収益が増えるシナリオは作れないので、いったいどうやってこの整合性をとっているのか不思議である。

SCBはクレジット物やローンなど、取ったポジションを一定程度保有し、それが不況によって毀損することを想定しているのかもしれないが、金利、為替トレーディングでは巨大なポジションを持つことは少なく、たいていはヘッジされている。特に2008-9年以降の規制強化によって自己勘定取引ポジションを膨らませることができないので、尚更だ。

今回のストレステストではGSをはじめとする5銀行が異議を唱えて結局それは却下されたが、ボラティリティが上がった時にトレーディング収益は下がるのではなく上がるというしごく当たり前の主張だったのかと思う。事実、コロナショック真っ只中の第二四半期はどの銀行もトレーディング収益が最高益に近い数字を叩き出している。

ほとんどの銀行で自己資本比率は向上しており、このコロナ危機によって打撃を受けたのは引当金の積み増しを余儀なくされたローンの方であって、トレーディングはどこも絶好調だった。ストレスキャピタルバッファがこうした経済混乱に備えるものなのであれば、トレーディングポジションの大きい投資銀行系ではなく、ローンの割合が大きい商業銀行系に厳しくあるべきというのは当然の主張だろう。

不況になれば利益が出るというのは、一般的には理解しにくいのかもしれない。まして銀行がそんなプランを作ってきたら当局は一発で却下するだろう。だが、不況になれば利益が出るようになったのは過去10年の規制強化によるものであり、その意味では当局の功績は大きい。リーマンショックの時に損失が出たというのは事実だが、その損失の中身を詳しく見ていけば、それと同じことは今の規制環境下では起きにくいということは容易にわかるだろう。規制以外にも各銀行とも今ではVelocity(取引の回転率)を重視しており、リスクポジションを長期にわたって抱え込むということをしなくなっている。

これで資本賦課が大きいのでトレーディングポジションを減らしていけば、せっかく不況時にショックアブソーバーとしての機能を持っていたポジションがなくなって、逆に金融機関の不況に対する耐性を弱めてしまうのではないだろうか。ストレステストは保険会社、アセマネ、年金基金、ローン中心の銀行など、リスクをとってビジネスを行う業態にはなじむかもしれないが、リスクをすぐにヘッジしてBid Offerで細かく収益を積み上げる証券仲介業を中心とするビジネスにはあまり意味がないのではないだろうか。

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