資本規制における標準法の広がりと金融リスク管理の将来

米国の本格施行を来年に控えて、Basel III Endgameの話があちこちで聞かれるようになってきた。今回の変更によってかなり大きなインパクトが出るという報道も多いため、どのビジネスが最も割を食うのか、縮小せざるを得ない商品はあるのだろうかという憶測が飛び交っている。ただし、その影響をロジカルに説明している人は少なく、いつものように、Exoticな商品やコモディティなどが厳しい扱いになるのではないかといった、ぼやっとして議論に終始している。

また、市中協議で数多くの批判が寄せられたことから当局も大幅な見直しに言及している。このため、ビジネスミックスの見直しなど、具体的な行動に移せず戸惑っているところが多いように思う。保守的な銀行などでは、これが明らかになるまではリスクを増やさないよう様子見の姿勢を貫くところもあるのではないだろうか。

そんな中で去る一月に適用が始まったカナダでは、内部モデルを使う大手銀行がゼロで、すべて標準法を適用していると報じられた。ただ、少なくとも一行は内部モデル適用に向けて準備をしているということなので、単に準備期間が短かったという可能性もある。とはいえ、内部モデルを構築するコストに照らして、標準法のみを使うという判断をするところも多いものと思われる。

リスクマネージャーとしては、実際のリスク管理手法と資本計算に使われるリスク計測方法が異なるというのは、あまり望ましくない。本当のリスクを見るのではなく、単に想定元本が大きいからといった理由で取引を控えることになる可能性がある。そして、標準法を重視するあまり、本来のリスクを見落としてしまうことが危惧される。

金融業界の中にも、以前のようなデリバティブリスクに詳しい担当者が減り、すべてローンと同じようにリスクを見る傾向が強くなってきているような気がする。当然銀行のトップは複雑な取引に精通しているわけではないので、誰にでも理解がしやすいローンのサイズでリスク判断をしてしまうところも多くなっているのではないだろうか。

2年ほど前に、欧州でも大手行の1行が内部モデルをあきらめたという報道があったが、その後その数は3行に増えている。欧州の内部モデルに関する規則は193ページにも及び、これを満たすには相当のコストがかかるため、コスト増を嫌うところもあるだろう。加えて、内部モデルによる資本削減が制限されるOutput Floorの問題もある。米国のCollins FloorはOutput Floorよりも厳しいため、米国でも標準法を使うところが増えても不思議ではない。

金融市場は、いつもダイナミックに変化している。こうした変化をとらえて標準法をタイムリーに変更できるのだろうか。標準法の弱点を突くような取引が出てこないとも限らず、標準法がリスクカルチャーを醸成する妨げになってしまわないか心配である。標準法が正しくリスクをとらえていない商品などで、巨額損失が出る危険性がないとも言い切れない。コスト削減要請の中、リスクモデルに対する投資が減らされたり、リスクマネージャーを減らす動きが出てくることも予想される。当然銀行自らリスク管理を高度化していかなければならないのだが、単純化された標準法がこうしたインセンティブを削がないよう願うばかりである。